はじめに

2017年2月11日(土 祝日)、「熊本地震 ~あの時から約1年を経て~」と題しまして、第11回絆塾を東京医科大学で開催いたしました。

今回は皆様より頂戴した熊本地震寄付金を活用して次の3名の方にお越しいただき、地震災害発生時の対応から現在までを語っていただきました。

  • 冨永 佳世子氏(熊本県立かがやきの森支援学校 教頭)
  • 藤岡 浩子氏(熊本県立かがやきの森支援学校 卒業生保護者)
  • 益田 美奈子氏(阿蘇医療センター 看護部長)

私は熊本地震発生直後に日本災害看護学会先遣隊として現地に着き、熊本県立かがやきの森支援学校に伺いました。

当時同学校は地域住民の皆さまの避難所として体育館を、また、障がい者とやその家族の皆さまに個室を避難所として提供されていました。

その初期対応に感動いたしましたので、当時の対応などについて冨永さまに講演いただきました。

また施設に通学されていた卒業生保護者の藤岡さまに、障がい者が避難することの難しさについての講演をいただきました。

更に、ライフラインが途絶え職員も限られる中、病院へ多数集まる怪我をした地域住民への対応や、免震構造ということもあって病院が避難所化する状況などを益田さまに講演いただきました。

参加者の声

受講してくださいました2名の方から感想文が寄せられましたのでご紹介します。

熊本地震に思いを寄せて

桜が散り春も真っ盛りの4月14日と16日に熊本を大きな地震が襲った。

テレビの速報ではほぼ一日熊本地震の報道が続いていた。

わが故郷は福岡県南部の柳川で熊本に近く、故郷に住む叔母に確認の電話をしたら親戚みんな無事とのこと。

安心はしたものの、東京に住む私の看護師仲間も次々と熊本に救助活動に出ては情報を流してくれたが、メールには暗い言葉が多く並んでいた。

熊本地震の報道が少なくなった今年の2月、山崎絆塾で熊本地震を経験した3人の講師の方の話を聞く機会に恵まれた。

そのお一人は被災地阿蘇の医療施設の看護部長さんで、免振機能を有した新しい病院であったために幸い病院機能が保たれたとのことであった。

そうであったにしても勤務できる病院職員の参集、DMAT隊員の受け入れ、広範囲からの患者の受け入れなど、ご自分もつらい中で看護部長として職員の言葉に耳を傾け、職務を遂行され、その勤務の大変さはいかばかりだったろうと思った。

もう一人の講師の方は障害者支援学校の教頭先生であり、こちらは普段から地域に愛される学校を目指しておられ、地震災害において地域の被災者の受け入れに奔走され、学校運営と地域被災者受け入れの葛藤がにじむお話を聞くことができて、一般的な医療施設での医療経験しかなかった自分にとって新たな課題を突き付けられた思いがした。

さらにもう一人の講師となった方は、この支援学校に息子さんを通わせている方であった。決して差別的な意味ではないが、障害者を家族に持つ方々は災害という非常においていかに気苦労なさるかということも想像の範囲を超えていたし、通常の災害支援の中において災害時要配慮者として忘れられてしまいやすい対象ではないかと思った。

3人の講師の方々は、話を始められるとフラッシュバックがあるのか一度涙ぐまれる様子もあり、その時のおつらかったであろう被災時の思い出がこちらにもまっすぐに届いて、聞いている私の胸にもまっすぐに突き刺さってきた。

しかし、3人のどの方も講演の終盤には将来・未来に向かっての新たな取り組みや希望が見え隠れしていて、講演を聞き終わる頃には何かすがすがしいものを感じることができた。

やがて今年も桜の時期となり熊本地震から1年を迎える。被災者の思いや災害支援に携わった方々の尽力が報われ、早期に熊本が復興することを願わずにはいられない。

妹尾 正子

第11回山崎絆塾に寄せて

第11回山崎絆塾は熊本地震 ~あの時から約1年を経て~というテーマで益田美奈子氏(阿蘇医療センター 看護部長)、冨永佳世子氏(熊本県立かがやきの森支援学校 教頭)、藤岡浩子氏(熊本県立かがやきの森支援学校 卒業生保護者)の3名の演者の方にお話を伺った。

最初に益田看護部長より阿蘇医療センターの災害拠点病院としての活動の話があった。

私が興味を持ったのが、発災直後はDMATチームが医療支援に入って、ADRO(阿蘇地域災害保険医療復興会議)が発足後はDMATやそのほかの支援チームがサポートをする形をとったことであった。

それ以外には、交通の要所の橋が損壊したことで職員が通勤できない、病院へは患者が集中してくるということで看護師の不足が問題であった。そこで他病院の看護師が勤務をして支援したということであった。現在は、被災者でもある職員のメンタル面などの支援が大事になってくるとの話であった。

次に冨永教頭先生より、本震の当日が学校の当直だったということで生々しい当日の様子を聞くことができた。

こちらの支援学校が、地震による被害がほとんどなったため、臨時の避難所になり生徒とともに避難者の支援も行ったと聞いた。

建物の作りが開放的な作りになっており、避難者が一気に入ってきて動物も中に一緒に入ってきたため、支援学校にアレルギーの生徒もいるので大変であったと聞いて、避難者のモラルも考えさせられた。

その後、生徒たちと避難者のすみわけをすることが必要となり、なぜ生徒たちの場所が広めに必要なのか避難者に理解してもらうことが大変だったと聞いて、支援学校を利用している生徒たちの理解に普段から周りの人々も務めることが大事であると感じた。

その支援学校の卒業生の母親である藤岡さんより最後に話を伺った。

障害のある子供を持つ親として「避難所という選択肢はない」とはっきりおっしゃって、周りの人たちからの支援がありがたかったと話をされた。

また、東日本大震災で被災された方の話を聞いて、支援学校に備蓄水と発電機、またそれぞれの生徒に必要な薬など入れた防災リュックが必要と強く思い、学校に申し入れて準備をしていたら、今回の地震でとても役に立ったということであった。

これらの話を伺いながら、藤岡さんが日頃から、他の方々とつながりを持って活動されていたことがこの結果につながったと思う。

最後に、多くの方々に様々な災害時要配慮者の方の話を聞く機会を増やし、避難所をすべての人が使えるように考えていかなければならないとの思いを強くした今回であった。

災害医療センター 後藤 由美子

写真報告

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羽田空港にお迎え。益田さま、冨永さまと山﨑は約10か月ぶりに再会いたしました。
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今回ご講演をくださいました(向かって右から)益田美奈子さま、藤岡浩子さま、冨永佐世子さま。会場となりました東京医科大学正門で。
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阿蘇医療センター看護部長、益田美奈子さま。
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熊本県立かがやきの森支援学校教頭、冨永佳世子さま。
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研修全体風景。
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熊本県立かがやきの森支援学校の卒業生保護者、藤岡浩子さま。
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卒業生の藤岡さまご子息の作品「紙を切る」(Webサイト:藤岡祐機の世界

写真提供 事務局 深谷 真智子

寄付金

寄付金を「こどもの貧困対策センター公益財団法人あすのば」に寄付いたしました。代表理事の小河光治さまより領収書が届いておりますので、以下にご報告いたします。

関連情報

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