はじめに
このレポートは、2011年3月31日に出演したNHK「視点・論点」の原稿を編集したものです(番組サイト)。
災害看護
このたびの東北関東大震災の被災を受けました皆様には心からお見舞いを申し上げます。
私は1990年より災害看護に取り組んできました。国内外の災害現場で活動し、これまでの経験から得た災害看護ついてお話を致します。
私は災害看護を「刻々と変化する状況の中で被災者に必要とされる医療および看護の専門知識を提供することであり、その能力を最大限に生かして被災地域・被災者の為に働くことである。したがって、被災直後の災害救急医療から精神看護・感染症対策・保健指導など広範囲にわたり、災害急性期における被災者・被災地域への援助だけでなく災害サイクルすべてが災害看護の対象となる。」と定義づけています。
災害看護とは災害発生時から急性期の対応のみならず、復旧・復興、また、次の災害への備えと時間経過の違い、また、どこで活動するのか活動場所の違いにより看護内容も違ってきます。当然のことながら災害は地域で発生しますので、地域性を考えた生活支援を考え、あらゆる専門家の方々と連携しながら職種横断的に活動することだと考えます。
次に災害看護の特殊性ですが、一瞬にして多くの死傷者が発生し、発生地域の広範な破壊・治療にあたるべき病院の破壊、医療従事者も被災者となります。物的・人的資源の限られた状況下で看護職として看護原点の基本に戻り、臨機応変に柔軟な対応と創意工夫ができるかどうかが災害看護の特殊性であり、求められる一番重要な点だと思われます。
災害発生により救急システムは崩壊し、許容範囲を超えた大多数の傷病者が発生します。アクセスは困難、被災者は広範囲に存在し、被災地の境界は不明瞭、救急医療施設も、被災のため不十分な病院機能・医療資機材の不足・医療従事者の絶対的不足により十分な治療ができなくなります。また、負傷者の転送は困難を極めるようになります。このような厳しい状況の時に一人でも多くの人を助けたい、その為にはどうしたら良いのかですが、最近よく聞きます「トリアージ」を行うことになります。
トリアージ
トリアージとは多数の傷病者が発生するような、災害や事故など、医師や訓練を受けた隊員や看護職が、負傷者の状態に応じて治療の優先順位をつけていきます。日本では1995年(平成7)1月に発生しました阪神・淡路大震災で広く知られるようになりました。
トリアージは負傷した方々を短時間で(1)最優先治療者、(2)非緊急治療、(3)軽処置、(4)治療・搬送待機群に振り分け、トリアージタッグに記載し次々に負傷者の手首や足首につけていきます。多くの医療関係者が一目でわかるよう、赤、黄、緑、黒のカラー表示が一般的です。最優先の赤は出血量や気道閉塞(へいそく)など生命の危険が迫っており、緊急に手術や処置をすれば助かる見込みがある負傷者です。黒は救命処置を施しても救命することはほとんど不可能な超重症者です。
ではこのたびの東北関東大震災の写真からトリアージの実際を紹介致します。
被災地となりました宮城県塩釜市坂総合病院に先日伺ってきました。佐々木医師によりますと、トリアージを行った被災者数は2,000人位、備えていたトリアージタッグでは足らずにカラーコピーを利用したと聞いております。絶対にトリアージタッグを使用しなければならないというわけではありません。それに代わるものをすぐ備え使う、このような臨機応変・柔軟性が大切です。
私はこちらの病院に3年前から減災に向けてトリアージや多数傷病者の受け入れなどの災害訓練にかかわってきました。訓練に参加された看護師さんから、訓練していて良かったと言葉を聞き、やはり、その施設に合ったマニュアル作成とそのマニュアルに基づいて職員全員参加による減災に向けての訓練は重要なことだと改めて痛感致しました。
トリアージですが、絶対的・完璧なものではなく、どのような災害なのか、負傷者数や医療資源などその時の状況によって変化していきます。
トリアージは救出する現場や医療施設などで行われるだけではないということを少し説明いたします。
今でも避難所では、災害により自宅を失いまた二次災害の危険性から避難所生活を余儀なくされている方々が沢山おります。中には災害時要援護者と呼ばれる方がおります。要援護者とは、高齢者、子ども、障がいのある人、外国人、慢性疾患者の方で、トリアージの優先順位は高くなります。
特に津波被害に遭われた方は全身濡れた状態に厳しい寒さによる低体温、疲れ、栄養不足などから、特に高齢者では体調を崩す方が出てきます。避難生活中の要援護者の身体的状態の変化に留意し、すみやかに被災地外の医療機関への転送や、必要に応じて福祉避難所への緊急入所を図るなど適切に対応することが求められます。これも避難所内で行う重要なトリアージです。
福祉避難所
では福祉避難所について簡単に説明いたします。
対象は要援護者と呼ばれる方が避難所内で何らかの特別な配慮が必要となるか介護施設や医療機関等に入所、入院に至らない程度の在宅可能な要援護者を対象としています。
次に既に問題ともなってきていますのが間接死の問題です。
今回の災害の特徴は広範囲かつ甚大な地震津波被害。石油の供給不可能(物流の途絶)のため支援困難。原発被害などから関連死はこれまでとかなり違っているようです。違う点ですが、厳しい寒さのため低体温、飲食料の不足による脱水の進行、循環器疾患、肺炎などを併発し救急搬送が必要となる。しかし、医療搬送・救助が十分に行われず高齢者などが衰弱し亡くなっています。間接死はこれからも続き悪化していくのではないかと考えられ、避難所内の環境改善や石油の供給が求められます。
被災者のケア
最後に、日本DMORT研究会 災害死亡者家族支援チームを紹介します。
このたびの災害では多くの方々が大切な家族を失っております。突然に大切な人を失うことほどつらく悲しいものはありません。こころの準備もなく突然に、そして遺体の損傷は激しい状態でしたなら更に辛く悲しいものです。
JR福知山線脱線事故時に黒タッグを付けられ家族を失った方の悲痛な叫びが契機となり、災害医療に関わる者で遺族・遺体に関わる問題に取り組み災害急性期から遺族へのグリーフケアも視野に入れたシステム作りを考えようと日本DMORT研究会が立ちあがりました。
地震津波災害では家屋の倒壊や仕事を失うなど、被災者の方は複数の喪失を体験しております。被災者は茫然自失状態となっています。被災者に寄り添いながら必要な情報を提供する関わり、看護職はケアの担当者として中心的な重要な役割を担う立場にあると思います。
東北関東大震災被災地。福島から宮城岩手と海岸を視察し思うことは、被災者の方々の心身の傷と日々の生活の苦しみです。癒されるどころか、さらに深刻化して行くように思えてなりません。
阪神・淡路大震災から17年。いまでも傷が癒えない人がいる、その震災の傷が癒えない最大の原因は、被災者に対する震災後の「医療看護を含む社会的ケアの不十分さ」にあると専門家は述べております。
なかなか癒えることができない被災者が多くならない様に、取り残されることがないように、助かった命を失うことのないように。
災害後の医療や看護のあり方を今一度問い直すことが、求められているように思います。